ナッドサット語源辞典 ~「時計じかけのオレンジ」~

ナッドサット語源辞典 ~「時計じかけのオレンジ」~

ライター:大柴英斗

目次

はじめに

ハイハイハイゼア!みんなは「時計じかけのオレンジ」っていうシニーをビディーったことはあるかい?ないってやつはトルチョック制裁してやらなきゃいけない。

ということで、いきなり意味不明な挨拶を申し訳ありません…(3点リーダー症候群)

今回は少し趣向を変えて、「時計じかけのオレンジ」という小説及び映画に出てくるフィクション言語「ナッドサット」とその語源について何回かに分けて扱っていきます。

この「時計じかけのオレンジ」は英国のアントニー・バージェスによって執筆された小説で、1971年に巨匠スタンリー・キューブリックによって映画化されています。性と暴力を鮮やかに描いているこの作品は「危険な本(映画)」であり、カルト的人気を誇っています。

この中で近未来のディストピア感を演出する一つの鍵になっているのが「ナッドサット語」です。ある種の若者言葉です。バージェスは「ナッドサット」の構想をソ連訪問時に思いついたらしく、ナッドサットにはロシア語由来のモノも多くなっています。言語学者としての肩書きを持つ、バージェスの言語センスの光る言葉になっています。

ちなみに最初の挨拶は

やあみんな!みんなは「時計じかけのオレンジ」っていう映画を見たことはあるかい?ないってやつは制裁をしてやらなきゃいけない。

という意味でした。映画見たことある人ならわかりましたかね。

ナッドサットと語源

アピ・ポリ・ロジー(Appypolly loggy) 謝罪

語源は英語”apology”。これのスラング?幼児語?みたいな形(実際に用法があるのか、作者によるオリジナルかは不明)

ボッグ(Bog) 神

ロシア語で神を意味するБогのローマ字表記bogが語源。

ボルシー(Bolshy) 大きい

ロシア語で大きいの意のБольшойのローマ字表記bolshoyが語源。

ブリトバ(Britva) かみそり

ロシア語でかみそりの意のбритваのローマ字表記britvaが語源。

チャイ(Chai) お茶

ロシア語で茶の意のЧайのローマ字表記chai/英語でのteaのスラングchai が語源。
インドの甘いお茶でチャイ・ティーとかもカフェとかにありますが、どうやらこのロシア語や英語のスラング、ヒンディー語などは中国語”茶chá”に由来。

チェロベック(chelloveck) 男

ロシア語で人、男の意味のЧеловекのローマ字表記celovekが語源。

カッター(cutter) お金

物語中(日本語版)では「カッター銭」という形で登場。語源は不明。作者のオリジナルか。ちなみに小説にはデングというのも出てくるが、こちらはロシア語由来。

デボーチカ(devotchka) 女の子

ロシア語で女の子を意味するдевочкаのローマ字表記devochkaが語源。

筆者はロシア語学習してないので、知らなかったんですが、ロシア語は年齢で結構女性の呼び方が変わるのですね。かなり若く幼い女の子はдевочкаで表され、日本では「お姉さん」といわれるくらいの年代だとдевушкаで、レディ/婦人って感じのイメージはдамаなのですね。

ドルーグ(Droog) 仲間

ロシア語で友達、などを表すДругのローマ字表記drugが語源。

Другの場合には違うようですが、ロシア語には複数形の作り方としてыを語尾につける場合があるようで、おそらくそこからローマ字yをつけ、複数形はDroogy(ドルーギー)となります。他の単語でもこのようにローマ字yをつけて複数形を表すケースがあります。厳密性を欠いて、雰囲気でロシア語を輸入する感じがなんともスラング感がありますね。

グラズ(Glazz) 目

ロシア語で目を意味するГлазのローマ字表記glazが語源。

先ほどのドルーグ、ドルーギーのようにこちらもglazzyでグラジーで両目を表します。(複数形glazzyは映画のみでの登場のようです)

グルーピー(gloopy) 馬鹿

ロシア語で愚かを意味するглупыйが語源。

グブリ(govoreet) 喋る

ロシア語で“to speak”の意味のговоритьのローマ字表記govoritが語源。

日本語版では「グブリる」みたいな動詞っぽい使い方ではなく(これは言いにくくてスラングとして非適切だからでしょうか)「グブリ話」みたいな形で使われていた印象。こうすると普通にto speakというよりも「駄弁っている」って言う印象が強くなるように感じる。「だべる」「ぐぶり」ちょっと響きも似ている…?

ガリバー(gulliver) 頭

ロシア語で頭を意味するголоваのローマ字表記golovaが語源。

Gulliverは「ガリバー旅行記」の「ガリバー」の綴りであり、golovaにかけて、gulliverになったのだろうなと推測できる。いかにもスラングな感じの言葉。

ハイハイハイ、ゼア(Hi, hi, hi, there ) やあ、みんな

主人公アレックス達がグルービー(仲間)と会ったときなどに発する挨拶。
現実に、英語でも使われる”Hi there”を砕けて言った形。「こんにちは」を「こにゃにゃちは」(死語?!)的なノリだと思う。映画版独自のナッドサット。

インアウト(in-out) 性交

まあこれは、解説しなくても、なんでインアウトか、わかるよね。解説させないでください。ネットで調べると、このような用法も英語として出てくるのですが、それをそのまま使ったのか、それとも「時計じかけのオレンジ」で使われたから、定着したのか。しかしまあ、隠語(?)的な発想としては、性交をインアウトと表現するのは比較的単純なので昔から使われていたような気もする。

クルービー(krovvy) 血

ロシア語で血を意味するкровьのローマ字表記krovが語源。

マルチック(malchick) 男の子

ロシア語で男の子、少年を意味するМальчикのローマ字表記malchikが語源。

マレンキー(malenky) 小さい

ロシア語で小さいを意味するмаленькийのローマ字表記malenkiyが語源。

ミリセント(millicent) 警察官

旧ソ連時代の警察機関の名称Милиция(ローマ字:militsiya)から。
「時計じかけのオレンジ」が書かれたのは1972年ですからね。そこからの転用に加え、発音から単位で良く使われるミリ(milli)とセント(cent)を合わせてミリセント、という成立過程の想像できるナッドサットになっています。

ちなみにmilliはラテン語mille(千)からcentは同じく羅centum(百)が語源ですね。フランス語にはmille(千)、cent(百)という形で残っています。日本でも有名なフランス語「ミルフィーユ」はmille-feuilleで「千の葉っぱ」を意味します。(「フィーユ」という発音は少し違う気もしますが…)

モロコ(moloko) 牛乳

ロシア語で牛乳を意味するМолокоのローマ字表記molokoから。

ナッドサット(nadsat) ナッドサット

ロシア語で「10」の意味の数詞接尾辞надцатьのローマ字表記nadsatから。
つまりナッドサット語とは、ティーン語、若者言葉、というわけですね。

オレンジ(orange) 人

マレー語でpersonを意味するorangからきています。なんとマレー語からも借用されているわけです!

映画版には登場しませんが、原作には「オレンジ=人」という意味で使われているシーンがあります。タイトルの「時計じかけのオレンジ」は「時計じかけの人」を表していると考えられそうです。何が「時計じかけ」なのか、それに関しては様々な考察がなされていると思います。みなさん考察してみてください。

プレティ・ポリー(pretty polly) お金、大金

英語lollyに①あめ②お金という意味があり、この押韻俗語なようです。

ルッカー(rooker) 手

ロシア語で手を意味するрукаのローマ字表記rukaから。

ルッカフル(rookerfull) 雀の涙

英語でhandfulで「一握り」というような意味があります。この-fulをhandを意味するナッドサットrookerにつけてrookerfulで「一握り」「雀の涙」といった意味を表しています。これは映画版のみのナッドサッド。

ライト、ライト(right, right) OK

英語で「了解」というときに使える返答”right”を重ねるスラング。「ライティ・ライト」のような形でも使われている。

シニー(sinny) 映画

映画を表す「シネマ」から連想しやすいナッドサット。「シネマ」自体はリュミエール兄弟の「シネマ」から来ていて、この「シネマ」はギリシア語のkinema
(動を意味する)から来ている。同時期に発明された映写機「キネトスコープ」もここからだろう。「活動写真」という意味合い。日本では「シネマ」は「死ね」を連想させることから「キネマ」と表記するパターンも見られますね。

スメック(smeck) 笑い

ロシア語で笑いを意味するСмехのローマ字表記smekhから。
日本語訳では「スメックした」とかではなく「スメック笑い」みたいな感じで重ねて使われていた印象。「スメック笑い」っていうとニヤニヤ笑ってそうな印象だよね、映画を先に見たせいかな。

ぶっ裂く(snuff it) 死ぬ

英語ではスナッフイット。映画の字幕などでは「ぶっ裂く」と表現されていた。日本語で「ぶっ裂く」というと、勢いよく裂くという意味。英語でsnuffは俗語として、killの意味があり、作品中ではsnuff itは自殺のような場面で使われているので、itは自分自身をさして、「自分自身を殺す」というようなイメージか。

スパチカ(spatchka) 睡眠

ロシア語で睡眠を表すСпатьのローマ字表記spatから。日本語字幕などでは「スパチカおねんね」みたいな感じで重ねて使われていた。「スパチカおねんね」ってめっちゃ快眠そう。

タッシュトゥック(tashtook) ハンカチ

ドイツ語でハンカチを意味するTaschentuchが語源。基本ロシア語由来か英語のスラング由来が多かったが、ドイツ語などからも取り入れられている。

タス(tass) カップ

こちらはフランス語tasseからと思われる。ポルトガルサッカーの「タッサ・デ・ポルトガル」のTaça(タッサ)も同系の単語でしょう。

トルチョック(tolchock) たたく

ロシア語で押す、突き出す、のような意味のтолчокのローマ字表記tolchokから。英訳としては”to hit”が当てられているが、日本語版では「トルチョック制裁」のように使われているパターンが多く、直接的に「たたく」というよりは「懲らしめる」とか「とっちめる」みたいな意味合いが強そう。

アルトラ (ultra-violence) 超暴力

映画版限定の単語のよう。字幕などでは「アルトラ」や「超暴力」と表記されていたと思う。「超暴力」という単語自体がオリジナルというか時計じかけのオレンジ用語な感じもあるが、主人公のドルーギーたちが夜な夜な働く遊び感覚の暴力行為を指している感じの言葉。

ビディー(viddy) 見る

ロシア語で見るを意味するвидетьのローマ字表記vidyetから。形的に”video”などとも似ている。ラテン語の「見る」videreから、”vid” には「見る」というような意味合いがある。

ウェル、ウェル、ウェル(well, well, well) 
おやおや、これはこれは

これはナッドサット、というよりも英語のスラングであるといった方が適切かもしれない。予想しなかったことなどに対して”well, well”ということで、「おやおや」みたいなニュアンスになる。しかし、映画「時計じかけのオレンジ」の劇中の”well, well”は格段に嫌らしい感じの言い方になってる。この”well, well”の暴走形(造語)で”welly! welly! welly! welly! welly! “的な感じのがある。重ねすぎだし、怖い。

ヤーブル(yarbles) 睾丸

ロシア語でリンゴを意味するяблокоのローマ字表記yablokoから。
睾丸をリンゴで例え、それをロシア語から借用してスラングにしてある。yarblesのsは、多分複数形ということだと思う。
映画版では、より元の単語に近い”yarblockos”(ヤーブロッコ)で「睾丸野郎」という侮辱語になっている。

終わりに

アルファベット順に少しずつ公開する予定です。
1回目はGまで。(2021/02/16)
2回目はRまで。(2021/03/12)
3回目で最後まで。(2021/03/19)

すべて更新し終われば「ナッドサッド語源辞典」として完成する予定です。
(取捨選択した単語を掲載しているので、最終更新のあとも語彙を少しずつ増やすかもしれません)

ロシア語由来、というかほぼそのままが非常に多いですね…。(そのため内容が少し薄くなってしまった感も否めませんが)ロシア語を学ばれている方はそういった意味でもこちらの作品楽しめるかもしれません。

これを「時計じかけのオレンジ」鑑賞や日常のナッドサット語会話に役立てていただければ幸いです。なお、「学校でナッドサット語を使っていたら友達がいなくなった」「友人から痛い奴と思われた」「恋人にふられました」などの苦情は一切受け付けません。ナッドサット語の使用は自己責任でお願いします。

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